気持ちの流れるままに、物語を書いています。

水口宿 その5

彦兵衛は正一郎の家に行き、
さっそく4男の病状を見ることにした。

4男の名は、幸四郎といった。

幸四郎は眠っており、見たところどこにも
病気らしいところはなかった。

「あの、お子さんの具合が悪いというのは?」

「ずっと寝たままなんだ。」

「へぇ。ずっとといいますと?」

「4年だな。」

「そりゃまた・・・・」

「口元に粥や水を流し込んでやるんだ。
 オレには出来ないが、女房が上手くてな。
 下の世話なんかも女房がやってる。」

「こんなの見たことありませんや。」

「祟りかなにかかと思ってな。
 水口神社に入って、神主さんにお払いもしてもらったんだがな。
 さっぱりだ。
 何かわからぬか?」

「そういわれましても。
 あ、そういえば、祟りといえば、思い当たる話があります。」

「なんじゃ?話してみよ。」

「いえね。信じてもらえぬかもしれませんが、
 わたし、妖怪、というのを見たことがあるんですよ。
 その妖怪がちょっかいを出した子供がいまして、
 その子供も、熱を出して寝込んでいましたな。」

「何!幸四郎と同じと!」

「いえいえ。その子は、寝込んではいましたが、
 意識はありまして。
 こちらのお子さんとは、また違う感じでした。」

「それで!その子供はどうなったのだ!」

「その妖怪は、村のあちらこちらに姿を現しては、
 いたずらをしておったんですが、
 その噂を聞いた、あるお侍様がその妖怪を成敗なさったのです。
 それ以来、その子供も元気になりまして。」

「その方は妖怪退治が出来るのか!」

「何やら修行の身で、各地を回っておられるようでしたが。」

「名はなんと?」

「右衛門、とだけ名乗っておられました。」

「その方は、今、どこにおられるのだ!」

「いや、かなり前の話でしたし、今はどこにおられるやら。」

水口宿 その4

綾宮正一郎は、水口宿に道場を構える剣豪だった。

門弟は100人余にもなり、
道場破りに来る剣客もいたが、
正一郎にかなうものはいなかった。

妻子がおり、子供は5人いたが、
その4男が原因不明の大病を患い、
何年も床に伏せている状態が続いていた。

何人もの医者や薬師を頼ったが、一切病状は治らず、
また、祟りの類のものも頼ったが、
まったく効果は現れなかった。

その折、最近評判の薬売りが現れた、
というのを聞いた正一郎は、
その薬売りのもとを訪ね、
一度、4男の様子を見に来てくれないか、
頼むことにした。

彦兵衛は、最初、この話を断ろうと思っていた。

これまでの医者や薬師が直せなかったものを、
自分ごときが、と思ったためだが、
正一郎から、ダメでも、見に来てくれるだけでも、
謝礼を弾むといわれては断る理由はなかったのだ。

水口宿 その3

彦兵衛が水口宿に着てから2週間がたったころ、
薬を買いに来る客がポツポツと着始めた。

いろんなところに彦兵衛は薬をただで置いていったが、
最初のところにおいてきた腸に効く薬の評判が
最も良かった。

恩を感じた商家の主が、
なじみの客に触れ回った、というのも大きかった。

彦兵衛もある程度たくわえがあったが、
客が来るまでに余りにも時間がかかりすぎる場合は、
生活が苦しくなるので、2週間程度で結果が出てきたのは、
非常にありがたかった。

徐々に、紙風船を作らなくとも、
薬を売るだけで、評判が評判を呼び、
商売が回るようになるのは、時間の問題だった。

水口宿 その2

彦兵衛は安い宿を取った。
ここである程度、商売をするつもりなのだ。

宿の飯はまずく、寝床も決して快適ではなかったが、
彦兵衛は気にしなかった。


翌日も、彦兵衛はいつものように、
子供達の相手をしていた。
今度は、紙芝居だ。

彦兵衛の紙芝居は、受けるときと受けないときがあるのだが、
この町では受けたようだった。

紙風船よりも受けが良く、昨日よりも人が多く集まった。


商売が上手くいきそうな気配を
彦兵衛は感じていた。

ここのところ、まずい飯ばかり食べていたが、
久しぶりにうまい酒が飲めるようになることを
彦兵衛は夢見ていた。

水口宿

東海道五十三次の50番目の宿場、
水口宿(みなくちじゅく)は、水口城の城下町の
東側にある宿場町である。

行商に来ていた彦兵衛は、
いつものように、紙風船をふくらませて、
そこに通りかかった子供達の似顔絵を書いて渡していた。

「おじちゃん、何してるの?」

「おじちゃんはねぇ、足を棒にして練り歩いて、
 体が不自由な人のために、
 薬を売り歩いているんだよ。」

「うちの母ちゃん、おなかが痛くて、
 もう3日も寝込んでるんだ。」

「そうかい。
 そいつは、大変だ。
 おじちゃんの持っている薬で凄く聞くのがあるよ。」

「本当!」

こんな感じで、子供相手に遊びながら、
薬の話をするのが日常だった。

日が暮れる時刻が近づいて、その子供が家に変える頃、
彦兵衛はその子に声をかけ、家に送っていってやった。

わりと綺麗な服を着ていた子供だったが、
やはり家は裕福そうな商家だった。
だが、家に着くと、母親は寝込んでいたようだった。

「この子を送ってくれたのですね。
 ありがとうございます。」

「いえいえ、それより大丈夫ですかい?」

「お気遣いなく。
 寝てれば直りますから。」

「こちらのお子さんから、
 もう、3日も寝込んでいると聞きましたぜ。」

彦兵衛は、母親に病状を聞き、
薬を手渡した。

「だまされたと思って、飲んでください。
 お代は結構でこざいます。」

「そんな。いいんですか。」

「はい。構いません。」

彦兵衛にとって、このときはタダでも、
この薬が効いて、評判が広まって、自分のところに
買いに来る人が増えてくれば、損はないのだ。

第六葉

「あった!」

静香が声をあげた。
みんなが集まると、扉の近くに在る、
牛乳瓶を入れる入れ物のようなものの、
裏側に、見えないように鍵が挟まっておいてあった。

「これで中に入れるなあ。」

拓也が言った。

「ちょっと~。ほんとに入んの?」

「ちょっと、覗くだけやって。」

拓也は静香から鍵を取り、扉の鍵穴に差し込んで回すと、
カチリ、という音がし、ノブをひねって押すと、扉が開いた。

「よっしゃ、開いたやん。」

「あの~、拓也さん、ちょっといいですか?」

「なんだ、美奈子?」

「もう暗くなってきて、だんだん周りが見えなくなってきたんですけど。
 そろそろ帰りませんか?」

「ん?そうやな。もう見えへんしな。
 懐中電灯も無いし、そうやな、いいところやけど、
 帰ろうか。」

4人は、一旦引き上げることにして、車へと向かった。

第五葉

4人は、結局、家の中に入ってみることした。

藪が一部、あんまり生い茂っていないところがあり、
そこは、少し足元に気をつけながら行けば、
家の扉の前までいけたためだ。

呼び鈴がついていたのを見て、拓也が言った。

「なあ、これ鳴らしてみいひん?」

「え~。」

「押してみよ。」

拓也が押しても、何も音がしなかった。

「電気が止められてるんちゃう?」

俊彦が言った。

「ほら、こっちにある電気のメーター回ってない。
 そりゃ、誰もおらへんって。」

「そらそうか。」

答えながら、拓也がノブに手を触れると、
鍵がかかっているのか、あけられない。

「開けられへんな。」

「そりゃそうやって。
 でも、どこかに鍵の隠し場所があるかもしれへんで。
 例えば、この郵便受けの下とかな。」

俊彦が言って、色々調べだした。

なんとなく、4人で、鍵の隠し場所を探すような感じになった。

第四葉

拓也は、舗装されていない道路をしばらく走行した後、
少し開けた場所で、車を止めた。

「ここだ、ここ。ついたで。」

拓也が車を降りたのに続いて、残りの3人も車を降りた。

夕暮れ時で、日は沈みかかっていた。

車を止めたところから、少し離れたところに、
藪に囲まれた家の屋根を見て、美奈子が言った。

「何、あれ、人住んでんの?」

他の3人も屋根のほうを見た。
明らかに誰も住んでいないようだった。

「なあ~、ちょっと入ってみいひん?」

拓也が言った。

「え~。勝手に入ったらまずいんちゃうの?」

静香が言った。

「静香、お前怖いんやろ~。」

「ちゃうって。そういうことやないやろ。」

「バレへんやろ。だって、ここ長いこと、
 誰も来た形跡ないで。」

確かに、舗装されていない道路に入ってからは、
非常に道路の状況は悪く、長い間、他の車も通っていないようだった。

「まあ、バレへんかもしれへんけど。」

「じゃあ、ちょっと行ってみようや。」

「え~。不気味じゃない?」

「やっぱり怖いんやろ。」

「ちゃうって!怖くないって。」

拓也と静香のやりとりを、美奈子はしばらく黙って聞いていた。

第三葉

美奈子は、関西大学に通う大学生2回生だった。

その日は友達4人でドライブに出かけており、
その道中、心霊スポットを見に行こう、という話になった。

「すっごい怖いところオレしってるで。
 落ち武者の呪いがあるところや。」

ドライバーの拓也が言った。
彼は、美奈子のサークルの先輩で、同じ大学の3回生だ。

「え~。それってやばいんちゃうの?」

助手席の静香が言った。
彼女は、拓也の彼氏で、金蘭女子短大の2回生だ。

「オレ、ちょっと霊感あるで。
 やばくなったら、オレがお払いしたるわ。」

美奈子の隣に座っている、同じ大学の2回生の俊彦が言った。

みんな関西出身なので、関西弁である。

そんな話をしながら、4人の乗る車は、
七夕侍の伝説の残る別荘へと向かっていった。




好きな人を忘れる方法

第二葉

七夕侍の伝承は次のようなものだった。

ある戦が行われた夜、その日は、ちょうど七夕だったが、
落ち武者となったある武将が、
敵の手から逃れるために、山中の村に逃げ込んだのだ。

そこで、ある民家に立ち寄り、助けを求めたところ、
村は快く侍を受け入れ、食事と寝床の用意までしてくれた。

しかし、その夜、敵方の残党狩りの者たちが、
その村を訪れ、その武将の特徴を伝えて、
居場所を教えてくれたら、金を与えるという話を村人達にしたところ、
村人達は、寝込みを襲ってその侍を縛り上げ、
百叩きにした後、敵方に引き渡したというのだ。

もともと、その村は、敵方の武将に忠誠を誓っていた村で、
その侍を受け入れたのも、油断させて、
後で、縛り上げて、引き渡す意図があって、
受け入れた、という事情があったようなのだ。

村人達は、縛り上げた侍をののしり、意思をなげ、
つばをはきつけ、さんざん辱めを受けさせた後、
敵方の武将の指示のもと、侍を火あぶりにしたそうだ。

そして、侍は、死の直前、こういったそうだ。

この地を住む全ての人間を、呪ってやる。
七夕の夜、を忘れるな。
次の年も、また、その次の年も、呪って、呪って、
呪い殺してやる、と。