気持ちの流れるままに、物語を書いています。

水口宿 その12

正一郎は右衛門に礼をいった。

「本当にありがとうございました。」

眠っていた幸四郎は目覚め、その後しばらく様子を見ていても
妖怪が再び現れることもなく、無事解決、という運びになったのだ。

「お子さんも少しずつ元気になられているようでよかったですねぇ」
「元気に走り回るまでには幾許かかかりそうではありますが」
「お渡しした丸薬を1日1個、お忘れなきよう」

彦兵衛と正一郎はそんな会話をした。
あふたーけあー、というやつだ。

「それにしても旦那。あざやかな手並みでやしたねぇ。」
「たまたまうまくいった。今回もそれだけだ。」
「いやいや。旦那の腕があったからでさあ。」
「ふむ。」

右衛門は一見謙虚なような態度をとった。
これを謙虚というのかどうかは知らないが。

「そろそろこちらは旅立たれるのですか?」
「ええ、ええ。そろそろ次の街にいこうかと思っておるところでさあ。」

彦兵衛は水口宿から次の街に行商にいくことにしたようだ。




水口宿 その11

右衛門は正一郎の家の庭に檻を用意して、
彦兵衛が捕まえてきた野兎をそこに入れた。

夜になった。

運良くその夜は雲ひとつなく、満月が輝いていた。
月明かりに照らされてじっとしている兎を、
右衛門は障子の隙間から眺めていた。

ただ、じっと待つ。

もしかしたら今夜は来ないかもしれない。
もしかしたら兎ではなく人間にちょっかいをかけにくるかもしれない。
もしかしたら見逃すかもしれない。

何か兆候はないか。
何か見逃しはないか。
何か隙はないか。

右衛門はひたすらに機をうかがった。


ふと、兎がキョロキョロとしだした。
右衛門が身構えて、兎をじっと観察する。
兎が暴れ出す。
しばらくするとじっとうずくまって、ぶるぶると震える。
そして、動かなくなった。
兎は運良く檻の一番端。
檻を開けずとも外から一太刀、十分に届く絶好の位置。



音を立てずにすーっと障子を開ける。
兎までの距離。右衛門ならば5秒でたどり着ける。
刀を抜く。
目を閉じ、一呼吸。

右衛門刮目し、動き出す。
わらじを履かずに、そのまま駆ける。
うずくまっていた兎がピクリと動くが、
それ以上の動きを右衛門は許さない。

斬!

兎は胴体から真っ二つ。血が飛び出す。
それと同時に、白い煙が月明かりに照らされて、ぼやっと浮かび、
しばらくそこに止まったあと、風に消えた。






一人で頑張ってしまいがちな人

水口宿 その10

正一郎の家を出た後、右衛門は彦兵衛に話しかけた。

「おい、罠を張ろうぜ」

「罠といいますと、どのような」

「人間に取りつくのは夕方だけだ。
 それ以外は動物に取りつく。動物を用意して、そいつに取りつかせた後、
 ぶったぎりゃあいい」

「はあ、なるほど。野兎でも狩って、用意しておきますか?」

「夜がいいな」

「日中でもよいのではないのですか?」

「今のところ、この退治の仕方を知っているのは、
 あんまりいねえ。飯のタネになるかもしれねえ。
 広めたくはねえな。」

「へえ、そうですかい」

「何、他人事みたいにいってんだ。
 おめえも一枚かむんだよ。」

「ええ~。おっかないですよ。
 野兎をつかまえるくらいなら、あっしでもできやすが、
 妖怪に取りつかせたり、ぶったぎったり、なんてのは、
 旦那一人でお願いしますよ。」

「しようのないやつだな。」


水口宿 その9

右衛門が以前退治した妖怪は
子供にとりついて、といっても、憑依するのではなく、
べったりとくっつくのだ。

夕暮れ時に現れ、子供にべったりはりついたまま、
その子供の動きを完全に奪い、夕日が沈むと去っていった。
妖怪が去った後、子供は意識を失い、寝込んだままとなる。
妖怪を殺すと、子供は意識を取り戻し、じき回復した。

右衛門が妖怪を倒せたのは、たまたまだった。

その妖怪は、人間だけではなく、なんにでもとりつく。
日の出ている間は、暗がりに逃げ、暗がりにいる動物にとりつく。
夜になると、真っ暗闇を避け、月明かりにいる動物にとりつく。
人間に取りつくのは、夕日の出ている間だけ。

そして、何かにとりついているときに、斬られると、その妖怪は死ぬ。

右衛門は、山中で罠にかかったイノシシを切り殺した時に、
たまたま、その妖怪がとりついていて、殺せたのだ。

水口宿 その8

正一郎は、彦兵衛から右衛門を紹介され、
大いに喜んだ。

「それで、どうやって妖怪を退治されるのですか?」

「いやね。前のときは、姿が見えていたので、
 いろいろとやりようはあったんですがね。
 今回も、それと同じならいいんですが、
 拙者も、姿が見えないことには、退治したくても、
 なかなか・・・・・。」

「姿が見えれば、なんとかしてもらえますかい?」

「斬れるものであれば、なんとか。」

「おい!お前!」

正一郎は、奥方を呼んだ。

「なんでございましょうか?」

「お前、以前、幸四郎が寝込んでいるとき、
 庭に得体のしれないようなものを見た、と申しておったよな。」

「ああ、見ました。恐ろしい姿でした。
 思い出したくもない。」

「その後、どうしたんだ?」

「私は大声で叫んだあと、その場にへたり込んで、
 もう、うごけなくなってしまいました。」

「お前じゃなくて、その妖怪の方だ。
 その後、その妖怪はどうしたんだ?」

「ええと、どうでしたかね。
 私の叫び声を聞いて、旦那さまが走ってこられる音を聞いて、
 逃げて行ったような気がします。」

「どちらへ?」

「ええと、わかりません。」

「もうよい、下がっておれ。」

「御新さん、少々よろしいですかな?」

「はい、なんでございましょう。」

「庭といいましたが、どのあたりでしょうか?」

「はい、こちらにございます。」

右衛門は、奥方に庭に案内された。

「たしか、この岩の右隣あたりだったと思います。」

「ふ~む。」

岩の右側にあった草花は、全部枯れていた。

「彦兵衛よ。これは、前見たときのと似てないか。」

「右衛門様が退治なさった妖怪がでたときも、
 こういう跡が多数ありやしたね。」

どうも、右衛門が以前退治した妖怪と似たタイプのようだった。

水口宿 その7

次の日、彦兵衛がいつものように、薬を売っていると、
右衛門が姿を見せた。

「おう!彦兵衛殿!
 かせげているかい?」

「旦那ぁ。お久しぶりです。
 また会えるなんて思ってやしませんでしたよ。」

「なに?
 俺がどこかでのたれ死んでるとでも、
 思ったのかい?」

「いえいえ。まさか、同じ町に来てるだなんて、
 思っていなかったもので。

 それに、ちょうど昨日、旦那の力が必要になってきそうな
 話をしていたものですから。
 いや、偶然というか、縁があるものだなあ、
 と思いまして。」

「ほお。俺の力が必要だと?
 金目の話なら乗るぜ。」

「そう来ると思いやしたよ。」

彦兵衛は右衛門に、昨日、正一郎から聞いた話を教えた。

「まあたその類の話か。
 お前、妖怪にでも好かれているのじゃないか?」

「よしてくだせいよ。
 それにしても、妖怪といっても、
 姿もなにもないものですから、
 こちらからはどうしようもないのですがね。」

「俺だって、姿のないものはどうしようもねえや。
 ただ、ちょっと会って話聞いてみるだけでもいいかもな。」

「そんなこと言って、
 金をせびりたいだけじゃあ、ないのですかい?」

「何をいってやがる。
 俺は世のため、人のために、剣をふる。
 人助けのためじゃねえか。」

「そうですかい。」

とりあえず、2人は、正一郎の家を訪れることにした。




水口宿 その6

佐竹右衛門は、とある道場の
末っ子、4男として誕生した。

剣の腕は、兄弟の中で一番だった。
12歳になるころには、7歳上の長男を負かしてしまい、
19歳になることには、道場主である父親にも勝つようになった。
ただ、素行が悪かったので、道場の跡継ぎとしては、
完全に外されていた。

しかも、右衛門は自分の家ではなく、
よその道場に習いに行く、というとんでもないことをしていたので、
佐竹家では、つまはじきにされていた。
実際には、習いにいっていたのではなく、
ただ、遊びに行っていただけなのだが。

あるとき、右衛門が遊びに行っている、
道場に道場破りが来て、試合の中で、
そこの師範を殺してしまった。

自慢げな道場破りに対して、道場に習いに来ていた人たちは、
意気消沈してしまったが、
右衛門は、その道場破りの腕前に対して、
衆目の面前で、罵倒し、こけ下ろした。

ここができてない、ここがダメ、
たまたま勝っただけ、弱い、
顔が悪い、足が短い、だのさんざん馬鹿にした。

その道場破りは怒り、
本来であれば、右衛門が敵討ちのため、果し合いを申し込むところが、
逆に、その道場破りから、右衛門が果し合いを申し込まれる、
という妙なことになった。

道場に習いに来ていた人たちは、
右衛門に敵討ちを期待した。

だが、その果し合いがさらにまずかった。

右衛門は、その道場破りとまともに戦わなかったのだ。

最初はお互い剣を抜いたが、
右衛門は剣を抜くと、いきなり、その道場破りめがけて
剣を投げつけ、ダッシュで逃げ出したのだ。

道場破りは怒り狂って右衛門を追いかけると、
右衛門は、岩陰から既に火がつけられている
火縄銃を取り出し、道場破りに向かって撃った。

火縄銃は、3つ用意してあり、
最初に撃った弾ははずれてしまうが、
びっくりして立ち止まってしまった道場破りに、
2発目、3発目と撃ち、2発目が腹に当たった。

腹を打たれてうずくまった道場破りに対して、
右衛門は、脇差で斬り掛かり、道場破りを殺した。

右衛門は「勝てばなんでもいい」という考え方だったが、
この勝ち方は周囲の反感をかうことにもなってしまった。

そして、ますます周囲から浮いた右衛門は、
父親から「しばらく諸国を回って(精神)修行してこい」と
路銀を渡されて、家を追い出されることになってしまう。

こうして、右衛門はぶらぶらと諸国を回る、
浪人になったのだ。

水口宿 その5

彦兵衛は正一郎の家に行き、
さっそく4男の病状を見ることにした。

4男の名は、幸四郎といった。

幸四郎は眠っており、見たところどこにも
病気らしいところはなかった。

「あの、お子さんの具合が悪いというのは?」

「ずっと寝たままなんだ。」

「へぇ。ずっとといいますと?」

「4年だな。」

「そりゃまた・・・・」

「口元に粥や水を流し込んでやるんだ。
 オレには出来ないが、女房が上手くてな。
 下の世話なんかも女房がやってる。」

「こんなの見たことありませんや。」

「祟りかなにかかと思ってな。
 水口神社に入って、神主さんにお払いもしてもらったんだがな。
 さっぱりだ。
 何かわからぬか?」

「そういわれましても。
 あ、そういえば、祟りといえば、思い当たる話があります。」

「なんじゃ?話してみよ。」

「いえね。信じてもらえぬかもしれませんが、
 わたし、妖怪、というのを見たことがあるんですよ。
 その妖怪がちょっかいを出した子供がいまして、
 その子供も、熱を出して寝込んでいましたな。」

「何!幸四郎と同じと!」

「いえいえ。その子は、寝込んではいましたが、
 意識はありまして。
 こちらのお子さんとは、また違う感じでした。」

「それで!その子供はどうなったのだ!」

「その妖怪は、村のあちらこちらに姿を現しては、
 いたずらをしておったんですが、
 その噂を聞いた、あるお侍様がその妖怪を成敗なさったのです。
 それ以来、その子供も元気になりまして。」

「その方は妖怪退治が出来るのか!」

「何やら修行の身で、各地を回っておられるようでしたが。」

「名はなんと?」

「右衛門、とだけ名乗っておられました。」

「その方は、今、どこにおられるのだ!」

「いや、かなり前の話でしたし、今はどこにおられるやら。」

水口宿 その4

綾宮正一郎は、水口宿に道場を構える剣豪だった。

門弟は100人余にもなり、
道場破りに来る剣客もいたが、
正一郎にかなうものはいなかった。

妻子がおり、子供は5人いたが、
その4男が原因不明の大病を患い、
何年も床に伏せている状態が続いていた。

何人もの医者や薬師を頼ったが、一切病状は治らず、
また、祟りの類のものも頼ったが、
まったく効果は現れなかった。

その折、最近評判の薬売りが現れた、
というのを聞いた正一郎は、
その薬売りのもとを訪ね、
一度、4男の様子を見に来てくれないか、
頼むことにした。

彦兵衛は、最初、この話を断ろうと思っていた。

これまでの医者や薬師が直せなかったものを、
自分ごときが、と思ったためだが、
正一郎から、ダメでも、見に来てくれるだけでも、
謝礼を弾むといわれては断る理由はなかったのだ。

水口宿 その3

彦兵衛が水口宿に着てから2週間がたったころ、
薬を買いに来る客がポツポツと着始めた。

いろんなところに彦兵衛は薬をただで置いていったが、
最初のところにおいてきた腸に効く薬の評判が
最も良かった。

恩を感じた商家の主が、
なじみの客に触れ回った、というのも大きかった。

彦兵衛もある程度たくわえがあったが、
客が来るまでに余りにも時間がかかりすぎる場合は、
生活が苦しくなるので、2週間程度で結果が出てきたのは、
非常にありがたかった。

徐々に、紙風船を作らなくとも、
薬を売るだけで、評判が評判を呼び、
商売が回るようになるのは、時間の問題だった。